小谷

小谷の歴史

兵庫県神崎郡市川町、小谷(こだに)。
名前のとおりの、小さな谷あいの村。
御堂と碑が、村の歩みを語ります。

谷あいの里

小谷——こだに。名前がそのまま、村のかたちです。古代の神崎郡が市川を境に東西へ分かれたとき、このあたりは西側の神西郡になりました。明治のはじめには「戸板村」から小谷村に名を改めたという記録もありますが、くわしいいきさつは分かっていません。

村の御堂——教正寺

村の中心に、浄土真宗本願寺派の教正寺があります。播磨の村々に深く根を張った真宗の、村の御堂です。開基や由緒のくわしい記録は見つかっていませんが、この御堂が小谷の寄る辺であり続けてきました。

人の尊厳を求めて

大正11年(1922年)3月、京都で全国水平社が生まれました。差別に苦しんできた人々が、自らの手で人間の尊厳を取り戻そうとした運動です。同じ年の11月には神戸で兵庫県水平社の創立大会がひらかれました。教正寺は、地図に「神崎郡水平社発祥地」と記されています——この地域の運動の歩みが、この御堂と結びついて記憶されているのです。村には「清水喜市顕彰碑」も立っています。くわしい経緯は、地元の資料で確認を続けています。

甘地村から市川町へ

明治22年(1889年)、小谷は甘地ほか6か村とともに甘地村となり、昭和30年(1955年)の合併で市川町の大字になりました。いまの小谷には、田んぼの真ん中の小さな公園に子どもらの声、銘板を彫る工房と鍼灸院——谷あいの里の暮らしが、静かに続いています。